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はじめに|4度目の阿蘇ボルケーノトレイル2026、今年は「ただ完走を」
スタート当日の朝、阿蘇に立つたびに込み上げてくるあの感覚は、何度味わっても色褪せません。
今年で4度目となるASO VOLCANO TRAIL。1年目は土砂降り、2年目はこれ以上ない晴天、3年目は曇りとガス──。そして4年目の今年は、2年目を思わせる青空。日中は強い日差しが照りつける、絶好の(いや、後から思えば過酷なほどの)コンディションになりました。毎年、阿蘇は違う顔を見せてくれます。
総距離は約114km、累積標高差は5,000mオーバー。世界最大級のカルデラ外輪山をぐるりと一周する、まさにウルトラなトレイルです。今年もスタートはASO MILK FACTORY、フィニッシュは野外劇場アスペクタ。朝7時の号砲で、29時間の長い旅が幕を開けます。
例年通りスタート前のブリーフィングでは、コースコンディション、阿蘇の自然と文化への敬意が丁寧に語られました。スタートの号砲が近づくにつれて、レースへの覚悟が静かに固まっていきます。
ただ、正直に告白すると──今年のレースは、これまでの3回とはまったく違う戦いになりました。天気は上々、絶景もたっぷり堪能できた。それなのに、終わってみれば「ただ、完走することだけを考えた」、私にとって最も苦しい一日でした。序盤で痛めた膝、日中の暑さが招いた胃腸トラブル、そして夜の寒さ。次々と襲いかかる試練に満身創痍となった114kmをここに記しておきたいと思います。
コースと難易度|距離114km・累積5,000m・制限29時間
まず、これから挑戦を考えている方のために、今年のコース概要を簡単にまとめておきます。
- 総距離:約114km
- 累積標高差:5,000mオーバー
- 制限時間:約29時間(朝7時スタート)
- スタート:ASO MILK FACTORY/フィニッシュ:野外劇場アスペクタ
- コース:世界最大級のカルデラ外輪山をぐるりと一周する、まさにウルトラなトレイル
- 主なエイド:A1(ASO MILK FACTORY・約20km)→ A2(国造神社・約37km)→ A3(坂梨公民館・約51km)→ A4(旧上色見小学校・約68km/ドロップバッグ)→ A5(高森峠・約80km)→ A6(久石ファーム・約94km)
火山灰土壌のトレイルは雨を含むと滑りやすく、牧野の開けた区間は天候の影響をまともに受けます。距離・標高だけでなく、暑さ・寒暖差・路面コンディションへの対応力が完走を分ける、難易度の高いレースです。コースは毎年、牧野の放牧状況などで少し変わるため、完璧な予習よりも当日の状況判断が重要になります。
序盤戦|スタート直後に痛めた右膝

号砲とともに一斉にスタート。例年通り、「2〜3kmの渋滞前に少しだけ前に行こう」という思いで、急ぎすぎず、渋滞だけは避けるべく冷静に位置取りをします。
ASO MILK FACTORYを後にして、川沿いの道や田んぼのあぜ道、静かな集落を抜けていく序盤のロード区間。淡々と足を運びながら、最初の本格的な登り「田子山(だんごやま)」へと向かいます。
ところが、今年は序盤も序盤、2〜3km地点のゆるい下り坂で、右膝に違和感が走りました。原因はおそらく、足元の何かに引っかかって転びかけたこと。とっさに踏ん張って転倒だけは免れたものの、そのとき膝に無理な力が入り、痛めてしまったのだと思います。はっきりと「やった」という瞬間の自覚があったわけではなく、振り返ってあのときではないか、という推測なのですが。
一瞬、嫌な予感が頭をよぎります。「スタートしてまだ数km。ここで膝をやってしまったら、残り110km以上もあるのに……」。
正直、リタイアの二文字がちらついたのも事実です。それでも、ペースを少し落として痛みと相談しながら走り続けていると、不思議なもので、いつの間にか痛みを忘れている自分がいました。
アドレナリンのおかげなのか、それとも痛みに脳が慣れたのか。一度痛みに慣れてしまうと、その後はほとんど気にならなくなり、「走れている」という事実に救われて、私は前へ進むことを選びました。
※この判断の代償は、レースを終えた2日後に思い知ることになります(詳しくは後述)。
かぶと岩展望所付近の牧野は、阿蘇五岳や外輪山、どこまでも続く緑の絨毯が360度に広がる絶景ポイント。今年は青空が大きく広がり、2年目以来となる息をのむパノラマを心ゆくまで堪能できました。ガスに泣いた去年のリベンジを果たした気分で、思わず足を止めて見入ってしまいました。
ただ、この最高の好天が、後にじわじわと牙を剥くことになります。日が高くなるにつれて気温はぐんぐん上昇し、強い日差しが容赦なく体力を奪っていきました。
序盤の周回ルートを巡り、約20km地点で再びASO MILK FACTORY(A1)へ。スタートから約2時間半、ボランティアの皆さんの満面の笑みに迎えられ、水分と軽食を補給して次へ。

A1から国造神社(A2)までは約17km。下りを得意としているおかげで、この区間では少し順位を上げることができました。約37km地点、荘厳な国造神社のA2に到着。ここでも給水と少しのエネルギー補給をやって、テキパキと準備して先を急ぎます。
中盤戦:忍び寄る胃腸トラブル

A2を出てからの中盤戦は、阿蘇が容赦なく試練を突きつけてくる区間です。約51km地点のA3(坂梨公民館)、約68km地点のA4(旧上色見小学校)を目指して、テクニカルなトレイルと牧野を繋いでいきます。
A3では具沢山ののっぺい汁とおにぎりで補給。同じく頑張る仲間たちと健闘を称え合い、必要な休息だけ取って再びコースへ。A3からA4へは約17km。暴風と滑りやすい路面と格闘しながら、なんとかA4へとたどり着きました。
A4はドロップバッグを受け取る、後半戦に向けた最重要拠点。ザックの中身を整理し、残り距離に必要なジェルを補充します。

ところが、ここで大きな誤算がありました。エイド名物の「根子岳カレー」を楽しみにしていましたが、喉を通りそうになかったため断念。日中の強い日差しと上昇した気温で、すでに胃腸はじわじわとダメージを受けていたのでしょう。胃が受け付けてくれず、楽しみにしていたカレーをほとんど口にできないまま、エイドを後にすることになりました。
実は、この「暑さ」こそが今年の私を最も苦しめた元凶でした。強烈な日差しのもとで体温と発汗が増し、胃腸の働きがどんどん落ちていく。固形物が食べられないぶん、エネルギー補給はジェル頼みにならざるを得ません。
しかも今年は、例年よりジェルの摂取量を増やす補給プランで臨んでいました。これまでは1時間に1本のペースだったのを、「より多くの糖質を摂るほうがパフォーマンスは上がる」という情報を目にして、今年は30〜45分に1本の計算でジェルを口にしていたのです。ところが、暑さで弱った胃腸に、この増やしたジェルの糖分が追い打ちをかけ、かえって状態を悪化させてしまいました。固形物は食べられず、頼みのジェルもうまく処理できない。完全な負のスパイラルに陥っていきました。

深まる闇との戦い:A5・A6、そして嘔吐

A4を出ると、しばらくは緩い下りとフラットなロード区間。楽そうに見えて、走るとなるとこれがまたきつい。心を無にして、約80km地点のA5(高森峠)を目指します。
A5に到着すると、温かい飲み物とボランティアの皆さんの励ましが体に沁みます。スタッフの方から「まだ顔が元気そうですね!」と声をかけられ──内心は膝も胃も限界に近かったのですが、その一言で「そうか、いや、そうに違いない!」と自分に檄を飛ばし、再び走り出す力をもらいました。
問題は、ここから先でした。
A5からA6(久石ファーム、約94km地点)までの約14kmは、経験者も口を揃えて「坂は終わらない」と言うこのレース最大の正念場。80km以上を走ってきた脚に、細かな登りが一つひとつ壁のようにのしかかります。膝の痛みと胃の不快感を抱えたまま、それでも一歩ずつ。
そしてA6エイド。胃腸の不調はもう限界に近づいていました。普段の私はエイドで長く休むことをしません。立ち止まると動けなくなるのが分かっているからです。それでも今年ばかりは、体を立て直さなければ先に進めないと判断し、いつもはやらない休憩を取りました。
ところが、エイドを出てすぐ、こらえていたものが限界を超え、私は道端で嘔吐してしまいました。
胃の中のものを出してしまえば少しは楽になるかと思いきや、その後もペースはまったく上がりません。固形物は食べられず、ジェルも受け付けず、エネルギーが底をついて足に力が入らない。まさに満身創痍とは、この状態のことを言うのでしょう。
ゴールへ|寒さと低体温、エマージェンシーシートで震えながら
A6を出れば、ゴールのアスペクタまではあと約15km強。本来なら「もう目前」と気持ちが軽くなる区間です。
しかし今年は、ここからもう一つの敵が立ちはだかりました。寒さです。
日中はあれほど強かった日差しが嘘のように、夜が深まると気温は容赦なく下がっていきました。昼の暑さと夜の冷え込み、この激しい寒暖差も今年の阿蘇の大きな特徴でした。胃腸をやられてエネルギーを取り込めず、体の中から熱を生み出せない状態。そこへ夜の冷気が重なり、身体中の震えが止まらなくなりました。
このままでは低体温症の危険もある。私は携行していたエマージェンシーシートを取り出し、体に巻きつけて、なんとか体温を保ちながら進みました。ガサガサと音を立てる銀色のシートをまとった姿は、我ながら相当に追い詰められていたと思います。
地蔵峠までの道のりは、ヘッドライトとウエストライトの灯りだけが頼り。500mごとの距離表示を「あと4.5km……4km……」と数えながら、いつまでも辿り着かない峠に心が折れそうになります。
それでも、頭にあったのはただ一つ。「完走する」。
順位もタイムも今年はどうでもよくなっていました。この満身創痍の体で、とにかくゴールゲートをくぐる。その一点だけを心の支えに、震える脚を前へ、前へと送り出しました。
長く苦しい登りを越え、最後の下りを必死に走ると、遠くにフィニッシュゲートの温かい灯りが見えてきます。MCの声、先にゴールした仲間たちの応援が風に乗って届いた瞬間、これまでのどの年とも違う種類の感情が、胸の奥から込み上げてきました。
そして、ついにアスペクタのフィニッシュゲートへ。自分の想定よりも3時間以上遅いゴールでした。それだけで、今年がどれほど苦しいレースだったか、察していただけるかと思います。
膝も、胃も、震える体も、すべてを引きずってたどり着いた114km。達成感というより、まずは「終わった……」という安堵。今年の完走は、これまでで一番、重く、苦く、そして忘れられないものになりました。
レース後の現実:歩けない膝
実は、本当の試練はゴールの後にやってきました。
レース中、痛みに慣れてからはほとんど気にならなくなっていた膝。ゴールした直後も、これといった違和感はありませんでした。「思ったより大丈夫だったかな」とすら感じていたほどです。
ところが、完走から2日後。突然、歩くだけで痛みが走るようになりました。歩行するのもやっとという状態になり、改めて「あの2〜3km地点で、膝を痛めていたんだ」と思い知らされました。
そして冷静に振り返ると、終盤あれほどペースが上がらなかったのは、エネルギー補給ができなかったことや胃腸トラブルだけが原因ではなかったのかもしれません。意識には上らなくても、痛めた膝が確実に脚の動きを鈍らせていた可能性もあると今は思っています。
走っている間、痛みを忘れられたのはアドレナリンの力。裏を返せば、体は悲鳴を上げ続けていたのに、それに蓋をして走り続けていたということです。完走できたのは幸いでしたが、決して褒められた走り方ではありません。
今年の教訓:補給戦略を見直す
今年のレースを振り返って、最大の反省点は暑さ対策と補給戦略、とりわけ「暑さ × ジェル過多」の組み合わせです。
今年は補給戦略を見直し、ジェルの摂取量を増やして臨みました。これまでの「1時間に1本」から、「より多くの糖質を摂るほうがよい」という情報をもとに「30〜45分に1本」へとペースを上げたのです。狙い自体は間違っていなかったはずですが、そこへ日中の強い日差しと高い気温が重なり、胃腸が早々にダメージを受けてエイドの固形物が食べられなくなりました。良かれと思った増量策が、暑さの前で完全に裏目に出た形です。
ウルトラの補給は「足し算」ではなく、その日のコンディションと自分の胃腸が処理できる量との「バランス」。来年に向けて、改めて以下を見直したいと思います。
- 暑さを甘く見ない。気温が高い日は発汗と体温上昇で胃腸が弱ることを前提に、水分・塩分・冷却(首元を冷やす等)を早めに意識する
- 糖質量を増やす戦略そのものは有効。ただし「ぶっつけ本番」での増量はNG。本数を増やすなら、事前の練習やロング走で胃腸をその量に慣らしておく
- 暑い日は胃腸の処理能力が落ちることを前提に、計画していた本数でも欲張らず、体の反応を見ながら調整する
- ジェル一辺倒にせず、固形物・塩分・温かいエイド食をうまく織り交ぜる。食べられるうちに食べておく
- 異変を感じたら早めにペースを落とし、胃を休ませる勇気を持つ
- 昼の暑さと夜の冷えの寒暖差に備える。エマージェンシーシートは必携品。今年はこれに救われた
エネルギー補給は、多ければいいというものではない。当たり前のようで、極限状態では忘れてしまう。今年の阿蘇は、そのことを身をもって教えてくれました。
使用した装備|阿蘇2026の相棒
114kmを超えるウルトラトレイル、しかも昼は猛暑・夜は冷え込みという寒暖差の激しい阿蘇。今年、私を完走まで運んでくれた相棒たちを紹介します。
エマージェンシーシート(今年のMVP)
震えが止まらない終盤、体に巻きつけて体温を保ち、完走を支えてくれた今年の立役者。必携品を「念のため」ではなく「命綱」として見直すきっかけになりました。数十グラムでザックの負担にならないので、ウルトラでは必ず入れておくことをおすすめします。
ライト(メイン/ウエスト)
ガス区間・夜間走でのウエストライトの有効性は今年も健在。ヘッドライトだけでは足元に影ができやすく、異なる角度から照らせるウエストライトが安全性を大きく高めてくれます。
ベースレイヤー:ファイントラック/ドライレイヤークールタンクトップ
汗を素早く吸い上げ、肌面をドライに保つ速乾性の高いタンクトップ。風による体温低下と、運動量が落ちた際の汗冷えを軽減してくれました。
アームカバー:ファイントラック/ドライレイヤーウォームアームカバー
スタート前からA1まで着用。気温が上がるまでの間は重宝しました。上げ下げで体温調節できるのも便利です。
アウターシェル:ノースフェイス/ストライクトレイルシリーズ(上・下)
必携品でもあるレインウェア上下。当日の降水確率が低かったため、軽量でコンパクトに収納できるこのシリーズを選択。夜間は防寒着として上着のみ着用しました。
ボトムス:T8/ウルトラシェルパショーツ
動きやすさと収納力を重視したランニングショーツ。ウエスト周りの大容量ポケットにジェル等を入れられるので、補給が多いウルトラで重宝しています。
シューズ:ホカ オネオネ/スピードゴート7
クッション性と安定性のバランスを重視し、長距離でも足への負担を軽減できる一足。阿蘇の火山灰土壌・テクニカルな下りでもグリップが効きました。
まとめ:完走を支えるのは、準備と「引く勇気」
今年の阿蘇ボルケーノトレイルは、青空と絶景に恵まれながらも、順位やタイムを楽しむ余裕などまるでないレースでした。序盤で痛めた膝、日中の暑さが招いた胃腸トラブル、そして夜の寒さ。次々と襲いかかる試練の中で、ただ「完走する」という一点に向き合い続けた、私にとって特別な114kmでした。
完走できたことは素直に嬉しい。けれど、それ以上に多くの課題を突きつけられたレースでもありました。攻めの補給が裏目に出たこと、痛みに蓋をして走り続けたこと。来年の自分のために、この苦い経験をしっかり記録に残しておきます。
ウルトラトレイルは、強さだけでなく、引き際の判断や自分の体との対話が問われる競技だと改めて感じました。来年こそは、万全の体で、あの阿蘇の絶景を心ゆくまで味わいたい。
また来年、阿蘇で。
トレイルの足跡